【に】人生の夏休み

LR/sounds.Artでででででででです。

なんか今日ちょこっとLINEで話してたんですが、

人生でこんなに休んだの初めてかもしれない

と思います。

今僕はいろいろあって毎日家にいて、食い扶持稼ぎすらしていないので、99%どフリーな状態です。

もちろん、やらなきゃいけないことを放り出しているわけでもないので、本当にフリーなんです。親に養ってもらってるわけじゃないのでニートではないですが、ニートっぽい生活をしています。

そんな毎日を過ごしながら改めて思い返してみると、今までいつも何かしらに追われていて、こんなに休んだの初めてな気がしてきました。

幼稚園時代:両親の喧嘩ストレス
小学校時代:深夜3時まで勉強、母ストレス(ずっと)
中学校時代:進学校の勉強、将棋
高校時代:メンタルしんだ
大学時代:バイト、バンド、メンタル
社会人:仕事、バンド、メンタル

とか、なんかいつも追われていたり追い詰められていたりした気がします。

もともと僕は

長い睡眠を必要とするタイプ(ロングスリーパー)

で、1日最低10時間は寝ないとスッキリしません。

それでたぶん一事が万事で、睡眠だけじゃなくて休息も長い時間を必要とします。

(たぶん頭のデフォルトモードネットワークが過剰なんだと思う)

間違いなく週2日の休みだけじゃダメで、過去に1ヶ月ぐらい働かない期間が出来た時も(他にやることがあったとは言え)全然休んだ気がしなかったです。1ヶ月って本当に短い。

そう考えると、『心を休めること』とか『療養』ってとてもじゃないけど1ヶ月2ヶ月じゃ収まらなくて、最低でも6ヶ月や1年レベルで休まないとダメだと思う。

例えば仕事なんかでよく「まず3年はやらないと身につかないよ」と言われるけれど、休むことが『不健康を経て新しい健康な自分に生まれ変わる作業』なのだとしたら、休むのも3年はいるんじゃないかなと思います。

ともすれば『動く人が正義』のような扱いを世の中はするけれど、休むという行動をしている人にもなるべく優しい世の中になってほしいです。

…と、話がそれたけど、そんなこんなで今休んでいて、

「こうやって休んだ先に何が見えるのかなあ」

と思ったり思わなかったり。

学生時代の夏休みとか思い出してみると勉強漬けだったわけだけど確かに40日間の休み自体はあって、「特に何も出来ずに終わったなあ」みたいな記憶があります。

その夏休みがもっと長く続いたら、何が見えるんだろう。

この前書いた【の】”真理探求欲”の真実という記事での気づきもそうだけど、今まで見えていなかったことが見え始めているのも事実です。

もうひとつ、最近気づいたことを挙げるなら、

「僕は僕としてしか生きられないんだろうなあ」

ということ。

例えばよく『仕事とプライベートを分ける』という話があるけれど、僕にはどうやら無理そうだなと気がついて。

もちろん今までも分けていたけれど、どうも無理していたんだな、自分をずっと痛めつけていたんだなと気がついたんです。

同じように、

音楽を作る自分
友達に見せる自分
組織の中の自分

とか、いろんな自分を分けることで、どこか本当の自分に無理をさせている時があると思う。

意図的に「演じてやろう」と思って演じているわけじゃないけれど、無意識で対外的な自分になってしまって、それは本来の自分(心の中の子供のような)に嘘をつきつづけている、だから苦しいんだろうなって。

そう思えば、いつも本当の自分自身でいられるような生き方を、これからしていった方が良いんだろうなと感じます。

幸いのんびりできる時ではあるので、ひとつひとつ整理しながら作っていけたらなと思います。

LR/sounds.Artでした、おやすみなさい。

スポンサーリンク