【の】”真理探求欲”の真実

LR/sounds.Artでででででです。

こないだ色々と紙に書き出したりぼーっと考えていて気づいたことがあります。

真理探求欲が出てくる理由

です。

僕は3歳ぐらいから考えるのが好きで、ずーっとずーっと考えてきました。

「なんで日曜は退屈なんだろう?」から始まって、世界の仕組みとか生きる意味とか色々です。

それで、中学校ぐらいの時から『真理が観たい』と漠然と思うようになり、高校の時にはその欲求は確固としたものになりました。

僕はこれを『真理そのものに魅せられている』純粋で根源的な興味なんだろうなって思っていたんです。子供が両親を好きなように。

でも「もしかしたら違うかもしれない」という話です。

真理の定義

僕にとって真理って『絶対的なもの』です。

この世界はすべて相対的なもので出来ていて、諸行無常と言われるように、形あるものは滅びて、また新しく生まれて循環しています。

それは僕ら人間も同じで、必ずいつか死ぬし、生きている間すら「本当に私は生きているのか」という問いに答えられません。

例えば「心臓が動いているから生きている」と言った時、心臓が動いているけど脳死状態の人は生きているの?となります。

同じように「脳が働いているから生きている」という場合、仮に身体が死んでしまった人の脳を誰かの身体に移植した場合、果たして生きているのか?一体誰が生きていると言えるのか?これも難しい問題です。

つまり『○○だから生きている』という定義があるのが『問い』であって、定義が変わると答えも変わる。論理には限界があるわけです。

じゃあ、問い無しで直感的に「私は生きていると感じる、だから生きている」と言ったなら、「私はうつで死に体だ、死んだも同然の人生だ」という人もまた認めなければならず、ここでも確実に生きているとは言えません。

100%確実なものはこの世に一切無い

と僕は思っています。

三角形のイデアと同じで、どこまで言っても完全な存在って無いのです。それは僕らの命も一緒で、本質的には生きているか死んでいるかも分からないし、いつ滅びてしまってもおかしくありません。

そんな不安定な世界だからこそ、人は『安定』を創造します。

神の国
極楽浄土
桃源郷
神人合一
永遠の命
天上界

『完全な存在』に憧れ、完全な命を求めて、たくさんの『真理世界』を作り出したんです。絶対性の世界です。

つまり、僕が「真理を観たい」と思ったのも、純粋な興味ではなくて

生きたいという欲求

だったのかもしれません。

真理のことを考えている間だけは、生きている実感に近づける。

モノクロで色の無い世界の中で、真理世界だけが唯一鮮やかだ。

そんな想いで、真理を追いかけていたのかなあと思います。

思えば

僕が音楽を好きなのは『生きている実感があるから』

です。

作詞作曲をしている時はもちろんだけど、ステージに立っている時が一番生きている気がする。なるべく生きている時間を増やしたい。

まさに生きたいという欲求です。

ただ同じことが、”真理探求欲”にも当てはまるとは今まで気がつきませんでした。

これは僕にとってすごく重要な気づきです。

今後の人生に活かしていけたらと思います。

LR/sounds.Artでした、おやすみなさい。

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